母の背中を見てきたから切り拓けた、言い訳のない私の人生


3兄妹で育ち、現在フリーランスとしてSNS運営等のお仕事をされている渡辺春花さんにインタビューさせていただきました。


インタビュー:MISAKI

取材日:2019年12月12日


” 夜逃げのように従姉妹の家へ ”

-ご家族構成と離婚時のエピソードを教えてください。


3歳上の兄、4歳下の妹と父母の5人で八王子のマンションに住んでいましたが、子供ながらに親がよく喧嘩しているのを目の当たりにしていました。


「今日はとくにひどいなあ・・」と感じた大喧嘩の翌日、私たちは学校を休み、父が会社に行っている間に母と兄妹3人で荷物をまとめて従姉妹の家へ出て行きました。学校は休んだままで、しばらくそこに寝泊まりさせてもらっていて。


その後、電話でも喧嘩している様子でしたが、そのまま離婚が成立したことを母から告げられ、そのまま従姉妹が住んでいる地域の近くで家賃5万円のボロアパートに引越し、転校。高校までそこで生活していました。



” 父の不在に対する感情はなかった ”

ーお父さんと一緒に住まなくなったことに対して何か感じましたか?


離婚前から父との関わりが薄かったことも大きいのか、喧嘩の内容を聞いて父が理不尽だと感じたのか、物心がついた頃から母の味方だったんです。

ですので、離婚や引越しを悲しいと思った記憶はなく、むしろ母の悲しい顔を見なくて済むことになるなら良かったとさえ思っていたのかもしれません。


家から出て以降、これまで一度も父に会っていませんが、彼がどこで何をしているかも気になりませんね。父のおかげで私が生まれたという感謝はあるものの、それ以降自分たちに何もしてくれなかったので、特別な感情はありません。


養育費を支払ってもらっていなかったため、もしかしたら私たちが経済的に苦しかったことも関係しているのかもしれないですが。




” 離婚後の生活 ”

ー引越しと転校で生活は激変したのではないですか?


母の姉妹宅から徒歩5分圏内のアパートに住んでいたため、母が働いている時間は従姉妹の家に行っていましたし、休日はその家族と一緒にキャンプや旅行に行けたため、寂しい思いをすることはありませんでした。そもそもの性格として、私も兄も自立していたということが大きいかもしれませんね。


また、母は小さい頃から好きなようにさせてくれていたので、我慢をした意識もないんです。ただ、夜に母がいないことについては、寂しかったり心配したりという気持ちはあったので、早く自分で稼げるようになりたいなと思っていました。


自分のやりたいことをやらせてもらった経験としては、中学ではバレーボール部に没頭、高校では日本に唯一の園芸デザインが学べる高校が自宅から近かったので通い、その後は奨学金をつかって服飾系の専門学校にも進みました。

どれも、母から意見されることなく自分で決めて選んだ道です。


また、母が小さい頃からサービス業の仕事に従事していたからなのか、いつしか人と関わることや、感性で仕事をすることを目指すようになり、飲食やアパレルでのサービス業を経て、今はフリーランスで自分らしい働き方ができています。




” 母親とは ”

ーお母さんはどんな存在でしたか?


母は私が高校生になるまでパートで働いていて、生活保護を受けていました。経済的に贅沢を言えないので遠慮はしていましたが、ご飯が食べられないほどではありませんでした。


母はその後正社員となり、今では障害者施設で介護福祉士として働いています。その姿は今でも頼もしく感じていますね。


母にはパートナーがいたりいなかったりだったと思います。私はお相手に会ったことがありませんが、いてほしい・いてほしくないという思いも特になく、母のやりたいように生きて欲しいです。子供のためとか、私たちに気を遣って母のやりたいことができない方が嫌ですね。

ずっと母を尊敬してきたので、大人になった今では母を喜ばせたいという気持ちが大きいです。


*妹さんと2人で、母の日サプライズをした時のお写真



” シングルキッズとして育ったことについて ”

ーシングルキッズとして育ったことをどうお感じですか?


私がシングルキッズであることに対してコンプレックスはありません。コンプレックスどころか、学校や友達にもシングルで育った友達がいたので、特別に感じてもいませんでした。


いつも『人生は一度きりだから、好きなことをしなさい』と言ってくれていた母の影響もあってか、自分の人生は自分で切り拓くもので、親が決めるものではないと思っています。

 

両親のいる家庭をうらやましいと思ったことはありますが、自分を不幸に思ったことはありません。クラスメイトからも、何か言われることはありませんでした。


これからシングルキッズを育てる方々に対して、負い目を感じないための後押しとなればいいなと思います。




” シングルマザーに伝えたいこと ”

ーシングルマザー・ファザーに対して伝えたいことはありますか?


伝えたいことは、「大丈夫」。


親が一人だからいろんな大人に助けてもらい、繋がりの大切さを感じられましたし、今思えば子供ながらに社交的だったなと思いますが、必然的にいろんな大人と関わる機会が多かったんじゃないかと思います。


ですので、親の偏った思考を固定概念として受け入れることがなかったのです。

たくさんの大人の考え方に触れたことで、自分で判断するための基礎となる多様な思考や価値観を学ぶことができました。家庭的常識の固定概念に洗脳されることなく育ったんじゃないかなと思っています。


親は、正解を教えるのではなく、「子がいつか自分で考えたり判断できるようになるための選択肢」を与え続ける方がいいのではないかと思います。


一人親であることをプラスに変えられるのは、親も子供も自分次第なんじゃないかなと思います。

幸い私も母も、とにかく楽天家だったので(笑)



取材を終えて

挨拶した瞬間から最後までにこやかに会話してくださった春花さん。「私はすべての判断や行動が自己責任だと思っているので、愚痴がないんです」と語る口調は穏やかでしたが、「なんでも経験してみないとわからないし、嫌だったり間違えたりした時はやめればいいだけ。

もし自分に子供ができたら、母と同じようになんでもやらせて価値観を育ててあげたい」とお話しいただいた際の顔つきは自信に溢れていて頼もしく感じました。取材時には筆者の2歳の娘も同伴させていただきましたが、優しく接していただけて母子ともに甘えてしまいました。私も春花さんのお母さまのように、娘にいろんな経験をさせてあげたいと感じました。いつか春花さんが素敵なお母さんになる日が来ることを楽しみにしています。取材協力、ありがとうございました!


インタビュー:MISAKI

取材日:2019年12月12日

(※記載内容は取材時点)


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インタビュアー:MISAKI(と娘) 春花さん 代表:山中真奈


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