親も私も自分の人生を生きようー子どもは親が楽しんでいる姿を望んでいるー



「韓国が大好きなんです!」はじける笑顔で話してくれるのは、現在大学3年生の細川杏那さん(21歳)。来年には語学や社会学を学びに、韓国へ派遣留学するとのこと。

そんな活気に満ちた杏那さんは中学1年生の時にご両親が別居。父親母親それぞれと暮らす経験を持つ杏那さんが当時をふり返り、自身の葛藤やご両親に対する思いなどを語ってくれました。


インタビュアー:しばはし聡子

取材日:2019年12月18日


” 突然聞かされた母の別居 ”

ー杏那さんは、ご両親それぞれと暮らす経験があったとのことですが、ご両親が別居した時の状況や経緯を教えてください。


私が中学校1年生の時、ある日突然、母が家を出ることを母から聞かされました。父方の祖父が亡くなって数ヶ月経った頃でしょうか。当時兄が遠方の高校に通っていてひとり暮らしをしていたのですが、母は兄と一緒に住むようになったんです。


思い返せば小学生の時から予兆はあったのかもしれませんが、突然の出来事だったのでとても動揺しましたね。母が家を出てから、父と私と3歳下の弟で3人暮らしが始まりました。


その後数ヶ月して、私と弟も母と暮らすことを選択し、大学に入るまでの5年間は母のもとで暮らしました。兄が大学進学するまでの2年間は4人暮らし、その後3年間は3人暮らしでした。


ー思春期真っ只中の時にご両親が別居となると、様々な葛藤があったのではないかと思うのですが、当時を振り返るとどのような気持ちでしたか?


そうですね。正直、当時の私には頭がついていけませんでした。私がどうこう言ったからといって変わるものでもないし仕方ないと思っていました。


別居の理由を親が話してくれなかったので、なぜ別居するになったのかわからないまま、ずっと過ごしたのはモヤモヤしましたね。私からは聞きづらく、今でも明確な理由はわかっていません。


弟は小学生だったので私より状況を理解できていなかったはずですが、不登校気味になっていたので、なにか思うところがあったのかもしれません。


” 別居後も変わらず家族で食事をする関係とは ”

ーご両親の別居で辛かったことや困ったことなどありましたか?


母の方に行ってから環境に慣れるのが大変でしたね。引っ越し後に学校の編成などがあり中学が3回変わったので、新たな土地で新たな友達をつくったり馴染むのに苦労しました。


別居後も毎月1回、家族5人揃って食事をしていて、父と母は別居前と変わらず普通に会話もしていたんですよね。別居の理由を知らされてないので、「こんなに普通に過ごせるなら一緒に暮らせばいいのに」と思うこともしばしばありましたね。


ー実際、生活の中で大変だったことはありますか。


母は仕事で帰りが遅く、毎晩21時過ぎに帰宅していたので、食事の支度は兄、私、弟が担当だったんです。兄は部活で毎晩遅いので私か弟が作ることになるわけですが、誰が作るでよく喧嘩していましたね。


弟と二人の食卓は寂しくはなかったですが、毎晩母が帰ってから職場の愚痴を言っていたのを覚えています。いつも疲れている様子だったので、自分でやれることはやろうという思いでしたね。



” 悩みがあると隠れて父親に電話していた ”

ー別居後、お父さんとはどのような関わり方をしていましたか?


私が母と住むようになってからは、月1回家族5人で食事をする以外に、父親とは会いたい時に会いに行っていました。長期休みなども兄弟の中で私が一番父親のところへ行っていたと思います。


小学生の頃から勉強はいつも父に教えてもらっていたし、なんでも親身に話も聞いてくれるし、父は兄弟の中で私のことを一番かまってくれているように感じていたんです。


母は、私と父の交流について自由にさせてくれていましたが、中学生活で悩みがあったり辛いことがあると、なぜか母にバレないように父親に電話していましたね。当時携帯を持っていなかったので、自宅の子機電話を握りしめこっそり電話していました。


ーお父さんと数ヶ月一緒に住んでいた頃の思い出があれば聞かせてください。


母が離れて暮らすようになってから、より父との距離が近くなったように感じます。父はご飯を作るのも上手だし、いつも私のことを気遣ってくれていました。


印象的だったのは、私が勉強していると、いつもはちみつレモンを作って持ってきてくれたことです。すごく美味しかった。勉強が一息つくと一緒に当時流行っていたドラマを一緒に見るというのが日課でした。なにげない生活が、とても幸せで当時の状況を鮮明に思い出されます。


ー現在、離れて暮らす親と会うことが制限されている子どもたちがいることをどう思いますか? 


親の事情は親子には関係ないことですから、絶対に切り離して考えてほしいです。いきなり親と会えなくなったら違和感しかないですよね。子どもによっては離れて暮らす親の方に懐いている子もいるだろうし、親の勝手で会えなくなるなんてことはありえないです。


たとえ、一緒に住んでいる時に好きじゃなかったとしても、それは一時の感情だから両親ともに関わり続けることが絶対に必要です。




” もっと自分のために生きてほしい 父への思い ”

ー大学生になり親元を離れた今、お父さんへどんな思いがありますか?


父親とは仲が良かったものの、別居数ヶ月経った時に、なぜか私も母と一緒に住むことを希望したんです。理由は明確に思い出せません。父親は反対することなく私の意向を尊重してくれて、中1の三学期に母親の住む地域へ引っ越し転校しました。まもなくして弟も母の元に来ることになりました。


父は冗談で本音を話すようなところがあって、当時「まだ一緒に住もうよ」と言われたのを覚えています。父親をひとりにさせてしまい、どれだけ寂しかったことかと想像すると今でも辛くなります。


別居前、父と母が話し合いをしている時に、父親が泣いている姿を見てしまったことがありました。その後母が出て行き、私も弟もいなくなり、父が一番辛いはずなのに私たちのことを優先して考えてくれて、その優しさが嬉しくもありしんどかったりもします。


ーお父さんへかけてあげたい言葉はありますか?


もっと自分のために生きてほしいって伝えたいです。兄弟みんな私学に通っているのですが学費も全部払ってくれていて、自分のためには全然お金を使ったりしていないと思うんです。父にお礼を込めて洋服をプレゼントしたことがあるのですが、「もったいない」と言って着ないんですよね。


自分のことを後回しにすることは、子どもとしては胸が苦しくなるものです。自分のためにもっと投資してほしいです。直接会うとなかなかこんな話はできませんが、父に伝えたいですね。


” 母が楽しんでいる姿を見ると私も嬉しい ”

ー 一方で、お母さんとは現在どんな関係ですか?


大学に入ってから辛い時に電話した時に、親身になってアドバイスをくれたり、深い話ができるようになりました。以前はあまり話を聞いてくれることも少なかったように感じていたので、私の話も聞いてくれるようになって嬉しいですね。

 

母は兄と弟担当で、父は私担当というか、どこか母は私より兄や弟をかまっているように感じていました。今はfacebookもつながっていて、私の活動も見ていてくれて応援してくれているのかなと思います。


ー今、お母さんへ伝えたいことはありますか?


最近、母は仕事を変えて気持ちにも余裕が出てきたのか、趣味をしたり日々エンジョイしている様子なんです。今春から弟も上京し、母は晴れて子育て卒業となります。


今までずっと切り詰めて我慢して生活してきたはずだから、これから先もっともっと自分の人生を楽しんでもらいたいです。母が楽しんでいる様子を見ると私も嬉しいんです。


母も父と似ていて、子どもからのプレゼントを遠慮して受け取りベタなんですよね。子どもは親が喜んでくれることでモヤモヤが解消されるので、素直に喜んでもらいたいですね。



ーお母さんにエンジョイしてほしいと思うなか、もしお母さんが再婚すると言い出したらどう思いますか?


今は私もひとり暮らしをしているし応援したいと思います。ただ、もし中学の頃に再婚して他人の男性が一緒に住むことになったとしたら、確実に精神崩壊していたでしょうね。


もし、父親が再婚したとしても、複雑な気持ちになって父親の家に行きづらくなったと思います。あとは私と年齢が近いような人と再婚するのはちょっと微妙ですよね。再婚するとしても、紹介するところから段階を経てもらえるといいですね。



” まずはやりたいことを!結婚の優先順位はそのあとに ”

ー杏那さんご自身の結婚観について聞かせてください。


親の様子を見てことが影響しているのかわからないですが、結婚についてはあまりポジティブには思えていないです。ひとりの人と一生一緒にいるって、どういうことなんだろうとイメージが湧かないんですよね。


私自身も両親と性格が似ていて、愛情表現したり愛情を受け取るのが苦手なところがあったのですが、最近少しずつ表現できるようになってきたので、また価値観が変わってくるかもしれません。


今は大学を卒業して働きたい欲の方が大きく、結婚の優先順位は高くありませんが、母が「結婚は人生が豊かになる」と言っていたのは印象深く記憶に残っています。


ー今後取り組んでいきたいことや将来の夢などはありますか。


今、韓国について深く学んでいる最中です。私は韓国人の友人が多く個々は素晴らしい人ばかりにもかかわらず、国民性として韓国があまり良い印象を持たれていない傾向を感じます。こうした日本から見た韓国、韓国から見た日本のギャップについて、社会学を通じて掘り下げていきたいと思っています。


” きちんと説明を!そして自分を生きて ”

ーひとり親家庭の親御さんたちへメッセージをお願いします。


子どもは、子どものためを思って生活を切り詰めたり、身を犠牲にする親の姿を望んではいません。


大変なのは目の前で見ていて痛いほどわかりますが、その生活の中で楽しさを求めてもいいと思うんです。子どものために自分のことを後回しにしてくれたり優しくしてくれることは申し訳なさで苦しくなるので、イキイキとしている背中を子どもたちに見せていってあげてほしいです。


あとは、子どもの年齢によると思いますが、別居や離婚の理由はきちんと親の口から説明することを子どもたちは求めています。あらたまってというよりは、何気ない日常の会話のなかで話してくれる方が子どもも気楽かもしれませんね。


親が話してくれると信頼されていると思えるし、逆に言ってくれないと一人前だと思われているようで悲しくなりますからね。


ー最後に、ひとり親家庭で育つ子どもたちへ一言を


親は親、自分は自分。親が離婚していると自分も同じ道を辿るのかなど心配する必要はありません。自分の思いのままに自由に生きてほしいです。



取材後記

私自身、中学3年生の息子を育てるシングルマザーの立場であるため、杏那さんの親へ対する思いひとつひとつが息子の言葉を代弁しているかのようで、耳が痛くもあり学びも多く、あらためて自戒の念にかられながらインタビュー後に帰路をたどりました。


「質問してきたら話そう」ではなく、きちんと親が説明責任を果たすこと、そのうえで自分の人生を謳歌することが、ただでさえ離婚で辛い思いをさせてしまっている子どもの気持ちを楽にしてあげられるのですね。

そして、恋愛や再婚には細心の配慮を。ここは子どもの気持ちファーストを心がけることも必要ですね。貴重な学びをありがとうございました。


【インタビュアープロフィール】

一般社団法人りむすび 共同養育コンサルタント しばはし聡子

1974年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。自身の子連れ離婚経験を生かし当事者支援として「一般社団法人りむすび」を設立。「離婚しても親はふたり」共同養育普及に向けて離婚相談・面会交流支援やコミュニティ運営および講演・執筆活動中。

*りむすび公式サイト:http://www.rimusubi.com/



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